たんじゅん農法の特徴

できる作物の特徴

美味しい

長持ちする

豆科以外は連作できる

畑を休ませない

狭い株間でもできる

作物が早く成長する

旬が長くなる

ほとんど草が生えなくなる

家庭菜園から数万ha以上でも適用できる

単一作物栽培もできる

経営、技術的な特徴

肥料農薬不要

施肥計画不要

施肥・防除・除草作業不要

炭素資材は処理に困っていて安価に入手できるものを使う

手間がかからない

毎年同じ作付けもでき作付け計画簡単

お金がかからない

収量は土壌ができれば慣行農法以上

たんじゅん農法の原理1
なぜ無施肥で作物ができるか?

地球が進化し、微生物層が、種類、量ともに、増えた段階で、陸上植物が誕生した。それは、植物の成長に 必要なものを、微生物が供給してくれる仕組が整ったからだ。もちろん、そこには、人為的な施肥はなかったが、次第に、植物は繁茂した。

その地球の仕組みを、畑にコピーすることで、作物が自動的にできるようになる。それには、微生物に、エサと空気を供給して、微生物を飼うのが、農家の仕事になる。
微生物の中でも、表層に住むキノコ菌を中心にした発酵微生物のエサが必要で、それは炭素を含む植物資材。炭素の供給量に応じて微生物相は豊かになり、バイオマスが増大する。豊かな微生物相が有機物の処理能力を更に高め、微生物から供給される養分だけで、施肥栽培並み(以上)の生育に必要な養分供給が可能になる。

たんじゅん農法の原理2

なぜ、無防除(無農薬)なのに作物が害虫や病気でやられないのか?

作物は、エネルギー(イノチ)を取り込むことで、成長し、健康になる。

エネルギーを吸引している状態を「発酵」という。土が、発酵状態にあれば、作物はエネルギーを取り込むことができる。土が腐敗すると、エネルギーを放出して、作物の成長は止まり、虫や病気にやられる。

土に供給されるモノの「炭素:チッ素」の元素比が、30~40:1を境に、それ以上だと、土が発酵型(エネルギー吸引)に、それ以下になると、土が腐敗型(エネルギー放出)になっていく。


自然が命を活かす仕組み

たんじゅん農とは、自然が命を生かす仕組み・働きを、農に応用したもの。人間が、人間基準で、自分の都合で欲望のままに、食べ物を用意するのではなく、自然基準に立ち、自然の法則に沿って、作物が育つ環境を用意すれば、本来の食べ物が用意される。そういう農を、たんじゅん農といっています。

たんじゅん農は、じつは、「炭素循環農法」と呼ばれるものの「愛称」です。「炭素循環農法」は、2001年に、ブラジルの林幸美氏によって、ホームページという形で、公開されました。それは、人の「食」のための「農」の理論と実際を、初めて、総合的にまとめ上げたものといってもいいでしょう。 自然の理に従い本来の「食」に立ち返る「農」のあるべき姿を求めた、地球を壊さない農の理論と実際です。
▶︎「炭素循環農法」のホームページ

その内容は、すべて、仮説です。このホームページの内容も、実践に基づいていますが、すべて、仮説として、読んでください。それの真偽は、実験して確かめます。たんじゅん農実践者のそれぞれの畑での結果がその畑の真実です。そこでは、人間は、どんな人も、生徒で、自然や畑が先生。自然に近い、素人、子どもが先生です。


なぜ、そんな農をわざわざ?

今までの農法に疑問を持ったり、飽き足らない方のために、用意された、一つの提案、仮説です。一般的な「チッ素、リン酸、カリ」の肥料農法や有機農法とも、自然農法とも、異なる、自然の命を活かす仕組みと働きを応用して、命・エネルギーに満ちた、おいしい作物を、誰でも、どこでも、楽しく、100年後も、栽培できることを、めざすものです。

 たんじゅん農って、何?

 作物が育つのは、自然の命を育む仕組み・働きがあるから。その仕組みに沿った農のこと。

 野菜ができる、仕組み・働きって、どういうこと。

 それが、まだ、わかっていない。はっきりしていない。

 わからないって、大学の研究者ぐらいには、わかっているんでしょう。

 わかってない。世界中のほとんどの人間は、野菜の育つ、仕組み・働き、原理が、わかっていない。農業は、ほとんど、カンや、経験、人まねで、やられている。

 原理がわかっていなくても、作物は育っていれば、それで、いいじゃない。

 そう。そうなんだ。それで、うまくいっていればネ。

 スーパーや道の駅に行けば、野菜はいっぱいあふれている。

 そう、野菜も、果物も、できている。では、うまく行っているのだろうか?

 病気が増えているし、野菜嫌いの子どもが多い。その原因の一つが、農薬や肥料にあるともいわれている。もっと、本物の食べ物を食べたい。安心して食べられるものを育てて欲しいと思う人が増えている。

 農に魅力がなくなって、農家は、老人が増えている。

 若い人で、農業に関心がある人が出てきているけど、農業だけでは食べていけない。

 魅力のある、安心して食べられる作物を育てる農にしないと、将来はない。

 そんな素敵な農があれば、誰でもやるだろうし、宣伝するだろうけど、ないから、やらないのでしょう。

 そう。そんな農を、学者も、農協も、農家も、主婦も、知らない。

 そんなすてきな農がないからではないの。

 ところが、それは、人間の目で見ているからで、目を地球から離して、天から、自然の側から、モノを観たら、自然は、とてもうまい仕組みと働きを用意してくれている。それを応用しようという農がある。

 それが、たんじゅん農。自然を大事にした農、「自然農」ということね。

 いや、普通に言われている「自然農」とも違う。

 普通の「自然農」と、たんじゅん農と、実際には、どう違うの?

自然の法則に沿った農の特徴

自然の法則に沿う、<自然基準>のたんじゅん農は、<人間基準>の現在の農業と、真逆になることが多い。また、普通の「自然農」とは、似て非なるもの。たんじゅん農では、自然の法則に沿うことなら、自然に手を加え、機械も、加工品も使う、なんでもありの農。「不自然」に見えても、「反自然」でない農です。

その特徴をいくつか挙げてみると。

虫の食う作物は、腐敗しているからであり、人間の食べ物ではない。
虫に食わせればいい。
本来の食べ物は、発酵のサイクルの土壌(発酵土壌)で生長した作物である。発酵土壌では、作物は、虫や病気に侵されない。
ミミズも住まない。
結果的に、発酵土壌で育つ作物には、薬も水もいらない。
元気でつやがあり、根菜に土がつなかい。
太陽と空気と健康な土で<できた>、たんじゅん農の作物は、子どもが喜んで食べ、おいしい。
土壌中に、微生物の「種類」と「量」を増やし、それぞれが住み分ける環境を用意するのが、人の役。
発酵微生物を表土に増やすには、排水をよくし、チッ素系肥料を抑え、草木の炭素材をかき混ぜる。
中層、下層の微生物は、透明マルチを使って太陽熱処理をすると、増えて、土壌の団粒化が進む。
土壌微生物の種類と量が増えると、作物の収量が従来の農法より上がって、生える草が減ってくる。
無農薬とか無肥料は結果で、目的としない。
命を生かす働き=発酵のサイクルが、元気な農の基盤。


作物は「作る」のでなく「できる」

農家は、畑の作物を自分が<作って>いる、育てていると思っています。しかし、自然の命を活かす仕組みから観ると、それに沿えば、作物は<できる>、育っている。その自然の仕組みは、「エネルギーを吸引すれば、作物はそだつ。それを放出すると、作物は病気になる」という、たった一つの法則に沿っています。

すべて自然はうまくいっている

 病気が出たり、つやがないのは、腐敗なのは、わかったわ。でも、その逆って、うまくいくものかしら。

 どっちが当たり前だと思う。

 野菜も、人間も、病気が当たり前になってきてるわね。それは、ヘン!健康なのが、当たり前。

 虫に食われる野菜は、野菜や虫がヘンなのか?それとも、人間の頭がヘンで、自然はその通りになのか。

 野菜も、人間も、健康なのが当たり前。人間が、自然に反した考えだから、うまく行かない?

 人間の考えでうまく行かないなら、自然の法則に沿えば、うまくいくかもしれない。

 それが、人間基準と自然基準ということね。自然基準なら、やってみて、確かめるしかない。

 人間の考えは、すべて仮説。考えは、人間の数だけある。でも、自然は、たった一つの法則、命を育む法則で動く。科学も人間基準の仮説

 その「命を育む自然の法則」って、どんな法則?

 それは、まだわかっていない。命にかかわる、農や医、食、社会の問題は、混迷して、未だに争っている。

 みんな人間基準で、これが良い、あれが悪いと、仮説を信じているから?でも、科学者も人間基準なの?

 見えないものは、考えないという前提が、科学。その前提は、人間の都合。自然界には、前提はない。

 作物ができるとか、お腹に子どもが宿って、育つとかも、見えないものは考えないのが科学。

 真の理学は、すべての人間の考えを仮説として、自然が先生。自然に答えを求める。

 わかったわ。科学者も人間。科学も一つの仮説。見えないものを考えるのも仮説。すべて自然が先生。

 それが、実は当たり前。人間からものを見る、人間基準ではなく、天からものを観る、自然基準で、農も見て、考えて行こうというのが、たんじゅん農。誰でも、できる農。

 そんなことはしたことはないから、どうしたらいいか、わからない。常識の外を探検

 そうだね。わからないこと、誰も知らないことは、(自分や他人の)仮説を立て、実験や探検をする。

 畑の実験、畑の探検ネ、面白そう。

 例えば、野菜や土を、こっちからでなく、あっちから見る。<反転>してみる。

 野菜を育てていると、チョウチョが飛んできて、卵を産み、葉っぱが食べられちゃって、困るけど、・・・

 人間基準だと、困る!<反転>すると、青虫が野菜を食べて、人間が食べないようにしてくれている!

 エッ、<反転>って、どういうこと。常識の外に出なさいということ?空の上から見ることですか?

 先生と生徒が、逆になる。人間が、野菜や土(自然)に教えてもらう。大人が、子どもに教えてもらう。

 教えてもらうって、文字や言葉じゃないのね。その奥にある、自然の仕組みや働きを見つけること?

 自然には、なにも、文字や言葉がないから、教えてもらうとき、仮説が役に立つ。

 その仮説が、たんじゅんでは、発酵と腐敗なのね。発酵のサイクルで<できちゃう>

 発酵のサイクル(循環)で、生き物の命は日々育まれていると考える。仮説だけどね。

 その循環が止まったり、弱まると、病気になったり、虫が寄ってくる?発酵ってナーに?

 ある人が仮説を出した。今までにない仮説!発酵とは、見えないエネルギーを吸引すること。

 生まれるということ、生きているということは、エネルギーを吸引しているからって、考えね。

 二つの世界をつないでいるのが、微生物。吸引は、モノに圧をかけると、できるという仮説。

 漬物が発酵するのは、塩と野菜を混ぜて、重石で圧をかける。それが、命を育む原理ってわけね。

 その一つの原理だけで、自然界は、すべて成り立っている。・・・という仮説。

 その原理を、畑に応用しようというのが、たんじゅん農。それなら、すべてがうまく行くという仮説。

 原理が理解できれば、どんなことでも、応用が利く。

 もしも、それでうまくいかないなら、原理が間違い。うまく行けば、原理がオーケー。

 そこで、おたずね。作物は、人間が育てて、作っているのでしょうか。

 それは、人間基準の考え。自然基準、天から観れば、作物も、子どもも、自然の仕組みで、育っている。野菜は、<できちゃう>。子どもも、できちゃった、育っちゃった、ですね。自分も、自然の力で・・・。

 だいぶ、理学者に近づいてきましたね。

 まだまだ、やってみて、仮説通りにいくかどうかです。やってみましょう。

四方良しの農が当たり前

農家と、お店と、食べる人がいるだけでは、当たり前の食べ物は保証されない。忘れがちなのは、地球。自然の仕組みと働きが基盤になれば、当たり前の食が用意される、四方良しの社会が、永続できる。
農業が、消費者や商店の都合や値段に縛られた、物作り下請け業という関係を逆転させて、自然を基盤に、エネルギー・命に満ちた自然の恵みを、生活者に求められて届ける、本来の命産業に還る。

作物は、自然の仕組み・働きで、生き生きと育つ人間が、作物を作っているのではない。生き物は、自らの中にある、自然のエネルギー・命で育つ。楽しく、元気に、作物の環境を用意する農人がいて、作物が十分に育つその作物が持つ力を、最大限に発揮するには、環境が左右。それを用意するのが、農人の知恵。作物を、喜んで、おいしく食べて、元気になる生活者がいて、作物が活かされる作物は換金するためではない。それを食べて、社会の調和と進化に役立ってこそ、その命が生きる。農家と、生活者をつなぐ、商人(と加工業者)がいて、作物が、必要な生活者の手に渡る農家の心と、生活者の心、どちらの情報も知った商人が、点在する心と心を繋ぐ。農家と、商人と、生活者の、三者(三方)が良ければ、農は持続可能か近江商人は、三方良しだった。加工品はそれでよいかもしれない。農はどうか。三者の命を支えている、見えないが、大事なものがある。

たんじゅん農エネルギー吸引2

農の生産物の命は、どこから来るか。農家が作れるものではない。見えない自然の奥にある。四方(自然、農家、商人、生活者)良しの世界が命の世界では当たり前 命の仕組みを活かせば、売りに行かないでも、商人から、食べる人から、ぜひと農家に注文が来る。

誰かが泣きをみるでは循環しない、続かない。四者がみな良い、それが、自然の仕組み。命の働き。 自然基準とは、エネルギー基準。自然が主導、その次に農。商は、農に従い、生活者は全部に従う命は、エネルギーの吸引だけでは、続かない 命を育む仕組みは、命を吸引するだけではない、それだけでは生きられない。命の放出も大事。命は、常に、吸引と、放出の繰り返し、循環で成り立っている一日も一瞬も、体も細胞も、吸引と放出の繰り返し。吸引>放出が、生の循環。逆が、死の循環。 自然基準、自然の法則に沿えば、四方良しの作物ができ、みんなが調和しつつ、繁栄する命はエネルギー。無限。自然のエネルギーの法則に沿えば、奪い合いはない。みなが活かしあえる。

なぜ、4つ
緑 黄 赤 

農を始めるには、ほかの仕事をする時と同じで、Ⅰ.基礎情報を集めて、Ⅱ.目標に沿う方針・案を決定し、Ⅲ.それを実行して成果を上げる、Ⅳ.その結果を検討し、次につなげる の4過程があります。たんじゅん農の4過程を、このホームページでは、4色のパート、「緑、黄、赤、青」(数では、「5,4,2,6」)に分けて、紹介しています。さらに、それぞれのパートをクリックすると、また、4つの小さなパートに分かれます。実は、この4過程は、自然の仕組み・働きで、自然基準、エネルギー基準では、どれも、大事な過程です。

自然は、すべて、循環で、生きています。季節が、春、夏、秋、冬とめぐり、一日が、朝、昼、夕、夜と、変わるように、循環するものは、4つで、回っています。自然の仕組みは、4つで、一組の働きをしています。自然は、その4つが、互いに、あるチカラで、一定方向に、流れ、循環しています。たとえば、春→夏→秋→冬→春 のように変化して、逆には、流れません。

炭素循環農法 人間

その流れを作って、循環させているのは、何の力でしょうか。その力を、エネルギーと言っています。宇宙は、エネルギー(光)からできたもので、すべてのエネルギーは、目には見えません。しかし、エネルギーの力で、自然は変化し、生き物は生き続けています。生き物だけではありません。例えば、農業や、商業などの人間活動も、4つが互いに繋がってこそ成り立ちます。

さらに、人間のする一つの仕事だけを見ても、準備から始まって、企画、決定、実行、検討と、4段階を経て、やり遂げられます。しかも、その4段階の1サイクルで、仕事が終わることは少なく、さらに、そのサイクルを、繰り返し、循環することで、より高度な成果を上げていくことができます。

じつは、自然だけでなく、人間のやっていることも、人間の心も、大元をたどれば、すべて、宇宙が創ったもの。いえ、実は、今も、刻々と、宇宙からのエネルギーが届いているから、すべてが、変化し、生死を繰り返している。そのすべては、たった一つの仕組み・働きで、昔も、今も、これからも、起きている。・・・・・・という研究が、 「心=”光“」というホームページで紹介されています。この「心=”光“」は、「炭素循環農法」の考えのもとになったものです。

それによれば、すべてのものは、9種の光で、作られ、それが、目に見える世界では、4種の光だけで、現象化している。その4種の光が、緑、黄、赤、青。それは、数字にも、置き換えられ、それぞれ、5,4,2,6に相当します。
くわしくは、 「心=”光“」をお読みください。