何がどうなる(窒素供給源)
リセット
二大要因(清浄度と肥沃度)

先ず肥料(無機態窒素N)分と腐敗成分が無くなります。同時に他の無機態肥料分(リンP,カリK)なども無くなると考えられます。この時、特徴的な変化が現れます。最初は虫食いや成育ムラ、収量減などのマイナス現象として現れ、ある程度浄化が進むとプラス現象に転じます。
転換以前の履歴や高炭素資材の投入量の多寡により、多少の時間差がありますが転換時の「窒素の供給源と量の変化」は、大凡図のような経過を辿ります。
縮小画像をクリック!。 準備期間(0~12ヶ月)は気候条件や汚染度により変わります。施肥栽培からの転換直後で、慣行の3/4以上の収量なら実質的施肥栽培。無理せず10~15t/ha/一作、程度の餌を与えます。それ以下なら準備完了とみて、積極的に炭素資材の大量施用を開始します。目安は、準備期間の2~3倍量です。新開地や長期放置農地(10年以上)、自然猿真似農法からの転換なら準備期間はゼロ。最初から大量投入して構いません。
準備期間の2~3倍量:
10t×3×3作/年≒100t/ha/年。これを堆肥化すれば約30tに減量する。この量は慣行栽培(化学肥料+堆肥)で推奨されている堆肥の投入量。つまり化学肥料を止めるだけのことである。
また現物(100t)が水分65%とすれば、乾物量で35t。緑肥作物の最大収量(上図の100以上の窒素レベルでの登熟時)とほぼ同じ。圃場で大気中のCO2を固定しても、炭素源を圃場外から調達するにしても、まったく無理のない普通の量である。←戻る   ↑ トップ
リセット

自然農法と言ってもやり方は多様。ただ共通して言えることは、最初の提唱者以外は試行錯誤の結果、こうしたら「出来てしまった」というものが全てでしょう。そもそも、最初に自然農法を説いた故岡田茂吉氏は原理や理念を述べましたが、その詳細について具体的な説明はしていません。

経緯からして、その後に続く自然農法の実践・指導者たちにも、理に基づく技術が見られないのは当たり前と言えるかも知れません。しかし、彼らが何から知識を得、何を以って説こうと、自然の理(原理、法則性)と技術の関連を明確に説(解)かない限り、何時まで経っても自然農法は、表(おもて)の農業として認められることはないでしょう。

天の啓示や信仰と無関係な我々は先ず、慣行、有機、自然農法の知識や技術、自然そのものに対する見方を一旦リセット、こだわり(人の思い)を捨て、在るがままの自然の姿を、初心に帰って学びなおすことが近道と思います。

はじめにお断りしておきます。葉色が濃くなる薄くなる、虫が付く、食味の低下など、転換時には必ずと言ってよいほど「施肥障害」が起きます。この際、他(資材など)を疑う前に先ず自分を疑い、微生物の生息環境(特に酸欠対策)を見直しください。
自然の側から事象を捉えることを忘れれば(責任転嫁)、真の原因が見えなくなってしまいます。豊富(余計?)な知識を持つほどに、犯しやすくなるミスです。土作り=微生物の放し飼い。常に“飼う”という感覚が大切です。飼育環境に配慮し溺れさせない。そして、知識に溺れない(笑)。
二大要因(清浄度と肥沃度)

慣行と自然農法の実際面での相違は、施肥と防除の有無。この相違の基因は、土の「清浄度」と「肥沃度」という二大要因にあります。施肥農法では施肥量が増すほど清浄度が落ち、二つの指標は相反します。
肥沃度:施肥の場合は可吸態無機養分量。無施肥の場合は微生物による養分供給力を主に意味する。

施■■低■■■ 清浄度 ■■■高■■無
肥■■多■■■無機成分■■■少■■肥

肥効成分による直接汚染やそれより生起する、腐敗による二次汚染などの一連の事象を、岡田茂吉氏は「肥毒」と呼び、全ての障害の原因と看破しています。
この一点さえ理解すれば、あとは自然の力の応用で、痩せ地を清浄なまま肥沃化したり、高度な汚染地(肥料過剰)を肥沃なまま清浄化できます。汚染源は肥沃化の原料であり、その浄化こそが、防除に代わる最大の防御。取り除く(殺す)のではなく有用なものへの転換です。

自然の理を理解せず手痛いしっぺ返しを受け、逃げ腰になっているのが現在までの自然農法と言えるでしょう。あくまでも原理に基づく自然の仕組みの応用であり「あれはいけない。これもダメ。」と逃げることが自然農法なのだと提唱者は言っていません。『積極的に自然の意思に従う』です。

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