『炭素循環農法』ホームページ、http://tan.tobiiro.jp/kiso/shindan.htmlより抜粋
自然農法症候群
勉強会等で、世話役、まとめ役、説明者(伝達役)はいても講師(指導者)はいません。師は自然そのもの。どのような内容であっても、講師がいる集まりは炭素循環農法とは相容れません。ウェブ上のコンテンツの場合も同様、指導者の言葉の羅列は有害無益。主催者や管理者の理解不足の証です。

・・・不自然は自然の仕組み
・・・こうなってからものを言え。それまでは病人のうわ言。

自然のままでは・・・
見かけを似せても、自然の理(“いのち”を生かす)に沿うわけではありません。自然状態では「生と死」のバランスが、少しだけ「生」がプラスになるよう仕組まれています。このバランスを変えるのが「場(環境)」。これは自然が自ら変えようが、人が変えようが何の違いもありません。
人が自然の理に沿わせれば不自然。でも、自然のままでは反自然(生かし方が不十分)。一見、矛盾するように見えますが、それが「いきもの」が自然の中で生きるということ。人であると同時にヒト、変えることは自然なのです。不自然は自然の仕組みの一つに過ぎません。

現在の地球環境は「いきもの」が作り替えてきた結果です。生きるとは、自分の都合の良いように「場」を変えること。どのように変えるかは、それぞれの「いきもの」の自由。ヒトも例外ではありません。
自然の摂理に従うということは、ただ単に、あるがままの自然を受け入れることではないのです。「場」を良くするのも悪くするのも、自由。生きるも死ぬも、生かすも殺すも勝手です。但し結果は、あくまでも自己責任。

自然農法とは、自然を人の、そしてヒトの都合の良いように、変えること以外の何ものでもありません。自然のままが良いのなら、中途半端な猿真似などでなく、いっそのことサルをやれば良いでしょう(やった人もいますが^^;)。
できもしないことを、何時までも夢みていても時間の無駄。サルにもなれないし、全人類を生かすこともできません。我々にあと、どれ程の時間が・・・。