質問 まずは、たんじゅん農法をはじめたい。   k。m(2010,8,8)

Q1)何とかロータリーかけて畝立てして人参の種蒔き1回目を13日に予定

&Q;
たんじゅん農法でやられるのでしたら、それなりに、農法を、ホームページをしっかり読んで、理解してからでないと、単に、肥料をやらないだけだと、どこかの、自然農法のまねにしかなりません。
やっていることが、いかに、無肥料でも、頭の中が、自然の仕組みを理解していないで、自然がいい、自然のままの畑がいいという考えだと、自然風慣行農法にすぎません。
木村・・、赤嶺・・、すべて、そうないでしょうか。それらと、たんじゅん農法の、異いはは、なにでしょう。
たんじゅん農法を実践するとしたら、まず、何が大事でしょうか。
どちらでも、ニンジンはできます。でも、できも、味も、大いに、異なってきます。
まずは、頭の転換が、出発ではないかとします。どう転換?。

Q2)資材は今日見てきたところで、剪定や木の幹や竹を一応3センチぐらいに刻んであるもの、、直後のものは尖ってものもあり刺さりそう。2回刻み機械をかけたものは扱い易そう。草だけのもありこの時期のは種がないとのことでサイレージの香りがする。どれも2トン車500円。建材は一切扱ってないとのこと。

&Q;  こういう資材を、何のために使うか、です。これは、肥料とどう違うのか。畑に、これをいれると、どうなるのか。

Q3)畑の道挟み隣が竹林でそこの落ち葉を貰いそれを種蒔き後に敷き、草を敷き、枝チップを敷くというのでどうでしょう。

&Q;
これでは、一般的にいわれている、自然農法ですね。ここでいう、自然風慣行農法。それはそれでいいのです。人間(じつは自己)の側から、いくらやっても、それでは、一般的な慣行農法となんら変わりはありません。
では、自然の側から観たら、どうなるのでしょうか。

その前に、頭が、天動説から、地動説に転換しないと、ヤマギシと、おなじことになるのではないでしょうか。
どんなに、公意行といっても、頭が、私では、公の演技をしているだけ。
どんなに、自然農法といっても、頭が、人間(自己)では、自然を見たと、勘違いしているだけ。

地球の反対側にいても、脳が天動説では、過去から観ている限り、同じこと。
自然(天然)から観なければ、自然(天然)は観えない。
脳(心)の地動説には、ならない。

命のはたき、心のはたらき、は、脳の転換、過去から未来を見るのではなく、
未来から過去を観る、転換が必要なのではないでしょうか。

自然(じつは天然)の意思(働き)と、人間(自己)の思い(考え)が一致したとき、
自然(天然)は、すべてを人間(自己)に与える。

その実践をやっていきたいと、しています。
それをやっている方、3名と、会いました。
楽しいです。

簡単、明快、矛盾なし。

何をやっても、いい。誰が言うことをやってもいい。
耕そうが、耕すまいが、いい。
その結果、自然の仕組み、働きの通りに、結果がでます。
結果がよければ、どれでもいいのです。
それがたんじゅん農法。

結果は、自然(天然)が出します。

心、命は、どこにあるのでしょうか。

心や、命。それはなにか。それの答えの応用でもある農法です。

それに関心がある方のための、農法です。
いえ、関心があるだけでなく、それを明らかにする、証明する、実践する農法です。

簡単で、誰でも、マネのできる、農法。

誰でもできなければ、それは、自然(天然)の仕組みが、わかっていない証拠。
努力しなければ、できないのであれば、自然(天然)の働きに逆らっている証し。

ほんとでしょうか。