たんじゅん・いいジャンの第2回定例会が去る8月に行われました。原稿が今回、「たんじゅん・いいジャン」のメーリングリストに掲載されましたので、当HPにも掲載いたします。

日時は8月16日朝8時。場所は静岡・掛川の井中門宅。

参加者はスカイプ(ネット上のテレビ電話)参加も含め10名でした。その際の意見交換の内容について詳細をUP致します。

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たんじゅんいいジャン 第二回定例会記録 2016.8.17

参加(水谷・山本・城・わこ・犬塚・中村ご夫妻・仁禮・金坂・白井)

<自己紹介>

犬塚  浜松 畑 自分の畑は、40cm掘ったらコンクリートがあった。試しにやっている。太陽熱処理したらよくなった。借りている畑でいろいろ試したい。

中村  藤枝 3年目。農機具をリユースする会社をしている。耕作放棄地、コロタンメロン3年目。3年目にしてできちゃったメロン。糖度15度。

山本  城さんの畑で勉強させていただいている。ハウス2棟含めて1反2施。

水谷  畑、1年半。3反、自宅の隣の畑を借りている。イモ類が多い。最近、自宅に売る場所を作った。畑も見られる場所。キャスタバを全部買い取ってくれることになった。

わこ  今、田んぼも畑も大喜び。

金坂  茨城 レンコン FBで消費者の交流会をやった。消費者は、農家を観て感じ取ることがあった様子。消費者との交流をして食べてもらって宣伝してもらうことをやっていた一か月だった。

白井  たんじゅんいいじゃんが始まって変容があった。今思っている事は、「未来基準って、内規案って、4色の光って、たんじゅんいいじゃんの段取り係って何?」「この話し合いで何をしていったらいいのか?」など思っている。答えはでていないが、話し合いを深めながら模索していくのかな?と思った。

仁禮  沖縄 畑3年。FBで犬塚さん、金坂さんと繋がっている。その畑の様子を見ながら、ここでこうして逢えたり話したりしているリアル間が嬉しい。

城   野菜は、作ったのか、できちゃったのか?自分たちでやっていくのか?宇宙の仕組み働きでできちゃうのか?に関心がある。

 

<どういう想いで会に参加したのか>

中村  < 子供が食べてくれる野菜作り >子どもが喜んでどんどん食べてくれる野菜を作りたいと思っている。野菜嫌いな子どもが、眼の前で野菜を食べて子どもの目の色が変わることが面白い。そういうのをいろいろな人に伝えて行きたいと思っている。また、「たんじゅん」をやっていて、ここがちょっとおかしいと思うことがある。そういうことを伝えて自分も何か変えることがあったらいいなと思って参加した。

犬塚  < 考えていない >あまり考えずに来た。自分の畑と借りている畑をやりながら、あまり参考にならないかもしれないとは思うが、そういうことをしゃべったり、「たんじゅんいいじゃん」ができたということで、今後どういうことになるのか?の話をするのだろうと思って来た。

白井  < 内規案について考えたい >内規案について話し合いたいと思っている。内規案をもとに、この「たんじゅんいいじゃん」のコミュニティーを作っていくことになると思うが、内規案の解釈がそれぞれになっているのではないかと思った。それをそれぞれがどんな思いで見ているのか、スタートのメンバーで確認したいと思って来た。

山本  < たんじゅんをどうアピールするか >前回の話で、沖縄の島袋さんが沖縄のホテルに野菜を売り込みに行って話をする際に、「たんじゅん」を出し切れずに「自然農」という表現でやっているということを聞いた。それを改善していける方法というか、色々な意味で、流通や飲食店など消費者に対して、「たんじゅん」というものをどういうふうにアピールしていくかの工夫がポイントになってくるのかと思った。たんじゅんの特徴を活かしたアピール方法を、前例を元にして情報交換ができたら面白いんじゃないかと思った。まだやり始めて半年。人参の種の巻き方や芽の出し方など、現場で向き合っている人同士が情報交換できるような場であったらいいと思った。

金坂  < 初めから「たんじゅん」を名乗れない実情もある >主体は遠州の方たちだと思っている。今回、収穫体験を始めて行ってみた。そういうような、今自分がやっていることが参考になればいいと思って参加した。島袋さんが前回、自然農として販売した話に関連して・・・。たんじゅんは、何より美味しいことが一番なのではないかと思う。畑を見ながら話したりすることが大事なのかと思う。自分もそうだが、島袋さんはおそらく、「たんじゅん」というものがなかったために、「自然農」として説明するしかなかったと思う。「たんじゅん」と認知されればそれがなくなるのでは?自分の役割でもあると思っているが、たんじゅんを知ってもらうために、どの流通にも色つけしないで流通していく中で、実はそれが「たんじゅん」だったとある程度認知してもらった時、改めて「たんじゅん」を理解してもらった上で扱ってもらえるようになる・・・と、いろいろな人の話を聞いても実感している。

水谷  < 一か月間自分で何かをと考えていない、行き当たりばったり >ここ一か月を振り返ってみると、自分でやろうとしてやってきたことはない。今、野菜を売る小屋を作ってやっているが、一か月前までは、奥さんが毎朝収穫したものを会社に持って行き同僚にあげていた。それでも裁き切れないので、奥さんから「売り場を作ってくれ」と指令がきた。小屋も、作るイメージはあったが、指令が来るまで何もしなかった。頭で描いていることが時間を経て必然として自分の意識に刺激がくる・・・。考えているのではなく、誰かが伝えてくれる。畑の場合は、畑からサインが来る。いつも考えることがない。自分の言葉でいうと、「行き当たりばったり」。それが一番気が楽。

山本 < 様々な人達が意見を言い合えれば、別の人にはヒントになることも > (聞き取れなかったスカイプメンバーに対して・・・)水谷さんの話をまとめると、「行き当たりばったり」の水谷さんは、先々どうしていくか?ではなく必要に迫られていつも動いているから、たんじゅんのアピール方法や自然農とどう区別して認知させていこうか?とは考えていない。それは水谷さんの考え方でいいと思う。しかし、それでいいのか?と思うところもある。そんな人が集まってわーわー言い合うことが「たんじゅんいいじゃん」。一人で悶々と悩んでいる人もいるが、いろいろな立場の人がいろいろな立場からいろいろなことを言い合うことが「たんじゅんいいじゃん」のいいところだと思う。水谷さんは、眼の前にしなくちゃいけないことを一つひとつこなしていくだけでこうなっちゃってる・・・という話。仁禮さんの家庭菜園で作ったものはどうしている?

仁禮  < いいジャンに参加する意味は?何も >時々、どこかで売ってないですか?と聞かれることはあった。水谷さんの話を聴いて、売った方がいいんだと思った。どういう思いで参加したか?というのは、実は、これに出たところでどうってこともないし、今回は遠慮しようかと思っていた。何も考えていなかった。今、どうしたらいいのか?と思っている中に、沖縄の北部のネットワークをどうしていくか?の悩み事があった。「たんじゅんいいじゃん」の内規案に直結することだから、照らし合わせながらやっていけばいいかと思うことがあった。自分は、何も考えていない。さっきの話じゃないけど、「売って」と言われた時に、「売ってますよ」と売っている人の野菜を紹介して、食べた人が身体で感じてくれて、「どうやって作ったの?」と聞かれたらいくらでも話せますよ。という感じで自分は「たんじゅん」を認知させていくのかと思った。食べて味わってもらわないと説明ができないと思う。

水谷  < できちゃった、売れちゃった。客の口コミが効き自然に売れる >売れちゃった という状態がでてくるものができちゃえばいい。まず、畑で美味しいものができちゃった。出来ちゃったら誰かが食べる・・・。自分の場合は、できた野菜を近所の人にあげていた。売り始めたら、近所の人が、あそこの野菜は美味しいよと宣伝してくれているのが多い気がする。以前から、自分の近所から仲良くする意識があった。それは間違い ないと思っている。そこから自然に発生してくる「売れちゃった」は、5426のシステムと合体した時に自然に売れていくシステムができちゃうのではないかと思っている。

白井  < 5426で売れちゃうのか、知りたい >自分も、5426のシステムと合致した時に「売れちゃった」ができるのだと思っている。それが、根拠のない自信に繋がっていくと思うのだが、そこは何なのか?そこを知ってやる人、知らないでやる人、模索する人、知っていてもやろうとしちゃう人などいると思う。そこが、話し合いも同じ。「たんじゅんいいじゃん」もできちゃったのか、作ったのか・・・?何とかしようとすればするほどもがく。畑も生きて行くことも人間関係も同じ。でも、5426と合致した時にできちゃった、売れちゃったのは何なのか?を知りたくてみんなやっているのだと思う。それは何なのか?を知りたい。

水谷  < 先輩の事例に従うと畑でできちゃう。社会的認知・循環が進むような内規案が実現していくと明るい世界が >畑では、「水を切る。餌を与える。」具体的な方法がが先輩たちの実験で立証されている。それと似たようなこと、それと近いことそれと同じことをやればできちゃう。命を導き出す方法があって、それに従えば、結果がいい方にできちゃう。これは個人のレベル。「たんじゅんいいじゃん」は拡大した形。フラクタル構造、相似象、入れ子構造などと言うが、社会的に認知されて、循環が社会に波及するようなシステムを作るのが「たんじゅん」の内規。社会の歪みを整理して、愉しく明るく暮らしやすい世界を創っていくひとつの動きが、「たんじゅんいいじゃん」の中からできるのではないかという想い・・・。それを模索しているものなのではないかと思う。畑のコピペを5426を組み合わせることによって、みんなが望んでいるものをこの世の中に表すことができるのではないか?という考え方。

白井  < 理想は解かるが畑では具体的悩みもある。人間基準だと云われるが丁寧に説明する必要あるのでは >水谷さんの言っていることはよくわかる。自分もそう思う。しかし、その畑で模索している人がいる。また、フィールドが変わるとそれができないこともある。同じ状況でも、自分の在り方で全く違う答えがでる。人間基準、自然基準っいうけれど、実際それって何なの?今こうして話していることは、人間基準で話しているのか?自然基準で話しているのか?それによっても違うということが分かってきた。そういうことを一つひとつ丁寧にやっていく必要があるのではないかと思うのは、考えすぎだろうか?

水谷  犬塚さん、今のを聴いていてどう思う?

犬塚  < たんじゅんを始めると売れちゃう。仕事もやりやすくなる。何故? >実は、作物ができていないのに売り先が決まっている。「たんじゅん」をやり始めたら、話が来る。必要なところに持って行ったら売れちゃうのは当たり前のこと。野菜が足りないと感じているところは意外に多いのでは?実は持病があって会社でいじめられていた。その人間関係が嫌で、会社を辞め残りの人生を「たんじゅん」で生きようと思って始めたが、「たんじゅん」をやり始めたら、会社の人間関係が大きく変わってきた。いじめていた人が移動になったり辞めたりして、仲の良い人が異動してきた。自分でも、何が起こっているのか、何が何だかよくわからない。

水谷  < 簡単に結果は出ないのに、もがいてしまう。自分の思い・心配を捨てることこそ自然基準なのでは? >会社勤めの人は大抵、我慢しながら働いている。「我慢料」が給料みたいなもの。たんじゅんの場合の「我慢」は、畑をやっていると、できてくるまでの時間と条件が揃うまでの時間がかかる。そのギャップと自分の理想の間がジレンマになる。一生懸命やっているのにどうなっているの?と感じてもがく。それは、自ずと解決していく問題で心配しなくていいのに、もがいてしまう。それが、余計なことをしたり、何とかしようとしたりする状態。その己は捨てろ!と言うこと。「これでいいんだ」と思っていれば、もっと早くに自然に何とかなっていくのかもしれない。言葉を変えると、自分の尺度で観るからもがく・・になる。それを、時間と場所に自然に任せちゃう・・・それが、城さんが言う、自然基準・宇宙基準なのでは?それを自分で勝手に解釈してまだか、まだか・・・とやっているのが人間基準。

城   「もがく」 と 「任す」 の違いだね。犬塚さんが周りが段々変わってきたのは、心境の変化があったのかな?

犬塚  「たんじゅん」のHPかなんかに、「たんじゅん」をやっていれば、勝手に自分が中心に回っていきますよって書いてあったような・・・

山本  < もがくのは自分の描く結論イメージへの不安 >こだわりを捨てると、見える景色が変わってくるのではないか?こだわりに取りつかれている限り、堂々巡りから逃れられない。もがきも将来こうなるのではという不安が頭の中にイメージされることあって・・・。今、自分は「人参が何故芽がでないのか?発芽がなぜ遅れているのか?」に関心があって、何故だ何故だ?と・・・。こだわっているつもりはないが、その状況から逃れたいために何とかしたいと思っている。だから悩む。

水谷  < 自分の力で野菜を? >野菜を作ろうとしている。微生物なんかに任せてたまるか?って思っているんじゃ?

白井  < たんじゅんの最初の壁? >たんじゅんをやり始めて最初にぶち当たる壁はそこなのでは?

犬塚  < 苦労したがニンジンの発芽は太陽熱処理で可能に。条件が揃えば出るというものではない >役所に農家の申請に行った時、「何でやるんですか?」と聞かれて「炭素循環でやります」と言った「「あれは苦労しますよ」と言われた。役所が言うには、種からなかなか芽が出ない。肥料に慣れている種だとなかなか芽が出ないみたい。最近、人参の芽が出るようになった。実は、自分は芽を出すのが苦手だった。インターネットで、踏んだり土を固くしたら出るよと書いてあったので、踏んだり、撒く時に拳でバンバン叩いていた。今までそれでも出なかったけど、今回、太陽熱処理をしたら出た。太陽熱処理の時にもバンバンたたいた。初めてて芽が出た。条件が揃っても、芽が出ない時は出ない。「たんじゅん」は4年か5年。

水谷  < 周囲の変化には自身の変化もあったはず >乾燥させないことがいいともいうが、叩くのはいいと思う。犬塚さんの周囲の変化は、犬塚さんの気持ちにも変化がどこかであったはず。野菜と微生物が共生するためにどうするかなど、書いてあるのを読んでいるはず。それを実際に畑でやってみて感じるものがあったのではないか?

犬塚  一番心当たりがあるのは、「畑にも頭にも空気を入れろ」と書いてあったこと。

水谷  そういうのが犬塚さんの考え方にインプットされて、自分では感じていないけど、自然に自分の行動に変化を生じた。良きことが良き種を入れた・・・のような感じなのでは?

山本  < 発芽に苦労することが今の自分に必要だと思えば >人参の芽がでないのは、自分に必要なことだから起こっているのだと思えば納得する。しかし、その中にいる自分は悩む。しかし、それはそれでいいことなのだと思う。右から左で知識を入れてももったいない。それを、悩まずに楽しんでいれば出来ちゃったになるのではいいのではないかと思う。

城    それをしないと空気が入らない・・・。

中村  < 経験からの具体的事例 >人参の種まき、今までと違う巻き方をした。土をかぶせない方がいいというので、かけなかった。光の欲しい野菜だから、かけてもごま塩かけるくらい。種は奥に入れない、乾燥を嫌うから芽が出るまで乾かしたらダメ。

水谷  < できない事は考えない、悩まない >作物一つひとつについて情報共有できることがグループのいいところ。実は自分もできないものもある。でも、そこに捕らわれて悩む必要は何もない。太陽熱処理で畑も頭もリセットしていく。

山本  でも、同じことしても仕方ないから、何故できないのか?と考えていかないと・・・。

城   < 人により方法・説明が逆で面白い >3日前に来た人が、人参の種の撒き方をさっきと全く反対のことを言っていた。乾いてしまうから深く入れなさいと言っていた。だから、先生は人間じゃない。昔からシソと人参は逆だと。シソは何もしなくてもでる。しかし、人参は土をかけなくては出ないと・・・。どっちが本当か?

わこ  < 両方を比べてみた >去年、両方実験した。コーティングしていない種だけど、かけた方が早く芽が出た。水はやった。

水谷  < 水分絶やさなれば方法は何でもよしか >ということは、土をかけるかけないではなく、人参の発芽に必要なのは、押しなべていえば、水分を絶やさないということ。あとは、撒いたら圧をかけること。方法は何でもいい。

犬塚  段ボールに水をかけておいて置くと乾燥しにくいと言われた。

中村  種をまいて水をかける。その上から雑草を載せておくと乾燥しにくいよと言われた。踏むのは、種を撒いた時踏むけど、あとは雑草をのっけておいて水をかけるだけ。

城   種が小さいものは踏まないと。たんじゅんになればなるほど踏まないと芽が届かない。原理から考えたらそんなに難しいことはない。

水谷  < アドバイスを聞けば聞くほど騙される >あの人がこう言ったこの人がこう言ったと、結局みんなに騙されて、人間が言っていることに騙されてしまう。

城    自然が先生。

金坂  < いろいろな問題・課題をうまく超えたくてたんじゅんをしてきた。たんじゅんをよく知っている人と出会うと解決しやすそう >今までやってきた中では、そこにいる人から何が必要か感じて、それぞれの畑や人、組織にもそれぞれの環境があるから、どういう流れでそうなったかを思いながら、直感的な感じで動いていたことがあった。その時必要な事や物があるような気がする。たんじゅんに関わって、どうやって物事を進めていくか考えながらやっていて、物事を起こすにしても、しんどいことは結局続かない。それが、すんなりいくようにしたくてたんじゅんに関わってきた。話を聴いていて、出会う人によっても、たんじゅんを知ってる人に出会うというだけでスムーズにいっている感じがする。自分は今まで5426を意識しているわけではないけれど、やった方がいいと感じたことで動いてきた。

わこ  < 目の前の野菜を自分が何とかという思いで肩にも力が入っていた。思い切って畑を減らしたら野菜の頂き物が増えることに >たんじゅんに関わって6年目。自分は変わったと思う。今年の春、「畑をやりません」と決めて山本さんにお願いした。もう頑張ることはしたくない。頭の中が拡散しちゃう状態でやるのはどうなのかな?というのと、身体もしんどくなるし、水谷さんの畑をみて、もういいやと思った。本当にやりたいことは何なんだろう?とずっと考えていた。この野菜を使って料理すること。野菜が美味しいから、手を加えなくてもみんなが喜んでくれる。それが愉しいし楽。それで畑を減らしたら、作っている方がお野菜をくださる。自分で頑張ってあれもこれもやらなくて済む。今まで余計なことをやっていたと思った。自分の世界を広げたら、他の人の畑も、全部自分の野菜だと思った。

中村  < 販売では試食が効果ある >マルシェに出ていく時に試食を持って行く。味付けも何もしない蒸し野菜を持って行く。野菜のうまみだけで食べられる。持って行くと完売になる。他のものも売れていく。子どもも食べていく。待っていてくれるお客さんもいる。

金坂  < 無理は長く続かない >わこさんの話を聴いて思った。無理していると本当に続かない。無理なくやりたいことをやるということを思った。

 

~~~~ 以後  話を聴きながら、白板に書いた内容を 城さんに話をしていただく 記録別紙 ~~~~~~

中村さん奥さん 感想  上手にやっている人の話が聴ければいいと思って来たが、みんな苦労しているんだなと思った。  お互い、作った野菜の味を味わってもらってもらえたら、たんじゅんの方法が広がっていくのではないかと思った。食  べてもらうこと、食べ合うことが大事だなと思った。