命基準の農を、たんじゅんと言ってみました。ご意見、ご感想が、あれば、お願いします。

 はじめは、炭素循環農法を、ちじめて、たんじゅん農と、言ったのですが、

 その奥には、人間基準でなく、自然基準の、農。

たんじゅん農とは (仮説)

 宇宙の法則に沿った、人間の考え方や都合、時代・世相の変化に拠らない、

 たんじゅんな、自然法則にのみよる農という意味を、込めたものです。

 もともと、炭素循環農法は、人間基準でなく、自然基準の農で、

適切な名がみつからなくて、いわば、苦し紛れに付けた名であると、

名付け親の林幸美さんから、聴いており、

たんじゅん農という名も、その後、林さん自身も、使われています。

 ただ、炭素循環農法が、提案されて20年。たんじゅん農が日本で普及して10年たった、現在の地点でみると、それが、二つの流れになりつつある、と言えないでしょうか

 一つは、炭素循環農法は、生産性の高い農産物を、発酵の土壌づくりによって、目指すために、炭素資材を積極的に持ち込むことで、土壌の微生物の量と種を増やすという、理論と方法を備えた農法。 

 いわば、人間基準でなく、自然基準の、肥料や水がジャマという基本的な姿勢で、一般に知られるようになったもので、基礎的な炭素循環農法、あるいは、炭素循環農法の基礎課程と呼べるものです。

 もう一つは、その基本的な路線を下敷きにしながらも、生産性や、生産物の質などの高い、生命力のある農産物を目指す、基礎課程を超えた、高等課程の農です。

 生命力があがると、抗酸化力が増し、虫や病気に強くなると共に、3才までの子どもが、そして、味のわかる大人が、おいしいというものになり、店先にならんでも、冷蔵庫に保存しても、持ちがよくなるという、一石三鳥、四鳥の質になる。

 生命力のある農産物にするには、単に、モノを投入するのではなく、命(エネルギー・気)の正の循環が常に行われることが必要になる。

 それには、土壌の表層を、好気性菌の量と質を増やすだけでなく、下層は、逆に、嫌気性菌の量と種を増やすことで、命(エネルギー・気)の正の循環が行われるようになる。

 それは、人間基準ではなく、自然基準、いえ、命基準の農である。

 この生命力のある農産物を育てることこそ、未来側から、農人に要請されている、農であろう。

 その農こそ、作物の命が、微生物の命が、そして、生産物の命が喜ぶものであり、結果として、それをお世話する農人の命も喜び、すべての命が喜ぶという、単純明快な世の中に、貢献できる農になる。それは、たんじゅん農と、呼ぶにふさわしいものであろう。

 たんじゅん農とは、広い意味では、すべての、命が喜び、活かしあい、保ちあう農、単純明快な農のことを、これからは、指し、そおためなら、方法は、問わない。

 すべての、命が喜び、活かしあい、保ちあう農、単純明快な農であるか、どうかは、簡単に調べられる。

 ・元 気 ; その生産物が、生き生きとして、虫や病気に強い。

 ・美味しい: その生産物を食べて、3才までの子どもに、おいしいといわれるか、どうか。

 ・楽しい : その生産物を育てている農人の暮らしが、楽しく続いている。

 ・生かし合い: その生産による命の循環が、次々とつながり、生かし合い、保ち合いが続いている。

 これぞ、命の社会、命の学び舎なり。

                              井中 門 (2019.5.25)