HP「炭素循環農法」の読書(勉強)会・・・・
「自分は誰の言うことも聞かない。誰からも教わらない」mixy 玄おっつぁんさん(宮城 大槻 けいじさん)
の日記より 全体に公開2014年01月24日04:03

炭素循環農法 ホームページ
指導者はいない(新しい者が先生)
http://tan.tobiiro.jp/kiso/genri.html#g8
土や作物は「作る」ものではなく「できる」もの。

バランスは「取る」ものではなく「取れる」もの、
自然の側が決めます。

ですから、人ではなく相手(自然=仕組み=法即性)が指導者(基準)です。

土、作物、虫、微生物などや、
自然農法を知らない者、新しい者(後輩)、より若い者が
実際に教えてくれる先生となります。

基点(視点)の逆転により当然、上下関係も逆転。

「自分は誰の言うことも聞かない。誰からも教わらない」
これが本物(自然農法の本質を理解した者)の言葉です。

だからといって、別段難しいことではなく
実践すれば、伝えさえすれば、
“あちら”(自然=下位者)から教えてもらえる仕組みになっています。

もちろん、“あちら”が代価を求めることはありません。
伝えるのも当然、無償でなければなりません(必要経費を除く)。

自然農法の先輩(実践者など)から教わることは何もありません。
先に知った者は、それを伝えるだけで何一つ教えることが出来ないのです。

自然農法の創始者(岡田茂吉)は、
自然農法に指導者は「要らない」と言いましたが、
正確には「出来ない」。指導しては「いけない」です。

先輩からも貰えますが、それは「問い」。
これも逆転し、何らかの「答え」を出すと、後からその「問い」が出てきます。

人が指導しようとした途端、自然農法ではなくなります。
人から教わろうとしたその瞬間、学ぶことを放棄したのです。

視点=基点=教えが、自然の側(天)ではなく、
人(地)=己の側(既成概念)になってしまうからです。

故に、先導者=出題者(煽動者?^^;)はいても、
指導者はいません。師弟関係も存在しません。
あるのは無条件で子を育む、親子のような関係でしょうか。
これも本物を見分ける重要なポイントです。

指導者がいたら“おかしい”と断定して構いません。

巷の自然農法の指導者然とした者の教えや、
そのグループが似非自然農法になってしまうのも、
自然農法自体が未だに、あまり知られていないのも同じ理由でしょう。

人(先輩)の言葉ではない、自然農法の実践現場や生産物からは、
直接教わることができます。

栽培・飼育記録などの“生の”データは生き物の“ことば”。
たとえ他人のデータでも貴重な自然の教えです。
ただし人知・感情を捨て、あら探し、疑う姿勢を忘れないように。

言うまでもありませんが
作物に対する基礎的な知識(性質や生理作用、応用技術など)は、
一般的農法と同じように、
先輩や書籍その道の指導者などから教わることが出来ます。

また単に、理論面だけなら既成概念同様、
教えることも教えられることも可能です(このhpのように)。

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「余所で勝手にやって下さい。」  (笑)。 全体に公開2014年01月24日21:41
転換以前
http://tan.tobiiro.jp/jissen/tenkan.html
炭素循環農法は、

自然の側(法則)に基準を置き

科学的に説明したに過ぎず、マニュアルはありません。

何をやろうと自由。

自然の法則に則っているか否かだけが問われます。

「炭素循環農法を取り入れて己独自の農法を」などと

大それたことを考えている者や、土の外で資材を弄んでいる、

自然に対し真の謙虚さがない者は

「直ちに、ここから立ち去って下さい」時間の無駄です。

余所で勝手にやって下さい。

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HP「炭素循環農法」の読書(勉強)会・・・・「では何故?。ご自身で確かめて下さい。」(笑)。 全体に公開2014年01月28日02:04
「単にそれを真似ねるだけでよい。」・・・・これが曲者!!(笑)。

「単」と「簡単」の違いが分らなければ、お話になりません(笑)。

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サイト案内(心得)

極々少数の例外を除き、殆どの方にとって
当サイトの内容(捉え方)は初めてと思われます。

次項を留意の上、読み進んでください。

全てが逆転しているのは本来の時間の流れ(未来→過去)の関係上
、同じものを見ても正反対になるためです。

ここ=たんじゅん(炭素循環)農法を複雑と感じたら、
それは己の頭が複雑な証拠。

また、何やら宗教めいて、主義・思想・哲学的にどうも・・・と感じたら、
それらに囚われて(毒されて)いる証拠。

要するに脳内汚染=腐敗(結果として)。

宗教・哲学、主義・思想等は人が作り出した人の基準=己の基準。
人の幻想であり、自然の基準(理)ではありません。

また、他の農法などに対しての言及は、一個人の言葉(批判や非難)ではなく
「自然から見たらこのように見えますよ」と、述べているに過ぎません。

何(殺し)をやるのも自由。

ただ食糧生産である以上、そのツケは
消費者の命で払うということだけは肝に銘じておいて下さい。

理屈はどうあれ兎に角、良いもの、美味しい物を作りたい。
また、儲けたいという方は、
迷わず(余計なことは考えず)忠実に書いてある通りにして下さい。

ただ現在のところ何も理解せず、それが出来るという保証は
致しかねますが(^^)。

もし失敗したら、
それは炭素循環農法(自然の仕組み)の「つもり農法」です。

現在のところ:

最初の者には手本がない。

実践者が増えれば手本通りにすればよい。

その時、理屈も理念も感謝もいらない。

単にそれを真似ねるだけでよい。

○ここに貴方の求めている「答え」はありません(技術、理論を除く)。
答えを探し回るのは愚かな行為です。
ここ以上の知識・理解がない限り、ここにあるのは「問い」です。

○自然や、未来側の者=知らない者・幼い者・後輩(自然農法を伝える相手)から
答えはもらえます。
先輩や指導者、書籍・資料などからは、問いしかもらえないのが自然農法です。
そして、答えが先、問いが後から分かります。

○基本的技術や原理は説明できますが、
農法自体はここでは教えられません。
自然から学ぶものだからです。

○四の五の言わずに「何が何でも他人に伝える」これが自然農法の学び方。
これなくして理解は無理。実践以上に学べます。

○自然の側からみての相手は己。
「相手を生(活)かす=己を生かす」。
故に「企業秘密=自殺行為」です。

○ここは単なる「自然の代弁」。
「自然の側」に立てば、誰にでも容易に分かること(自然の仕組み)の説明です。
原理は非常に簡単。
もし、難しいと感じたら「人(己)の側」に立っている
「人脳(悩)法」になっていると思ってください。

○感動(感情)は一時。
自然の法則は不変・不偏・普遍。そして永遠。
それを知る=智性。
制御=理性。
委ねる=本能。この四つのバランスを大切に。

○人の言うことを安易に信用してはいけません。
それなりに検証してはいますが、とんでもない陥穽があるやも・・・。
おかしいと思ったら人(既成の知識)ではなく、虫に直接聞いてください。

○EM菌(活性液)や米糠のことも、一通りの説明はしてあります。
しかし、使えと言っているのではありません。
また、使えば良くなるとの先入観念も捨ててください。
そもそも「万能」などというものは存在しません。

先ず最初に、
どのような土を作り、
その結果どのような生産物が出来るのか。
そして本物(本来のもの=人畜の食物)と
虫の餌の違いを知らなければ話になりません。

農業のプロや多少なりとも、その知識のある方は200回、全く知識のない方は20回以上。
当サイトを熟読の後、質問・疑問、感想なりをお寄せ下さい。
読んでいないと判断した場合、上記が返信代わりです。
手抜きが基本のサイトなんですから、これも手抜きでまいります^^;。

もちろんメールは大歓迎です。
皆さんから教えていただく、答えや問いが当サイトの内容充実の原動力です。
返信しない場合でもサイトには、しっかり反映させていただきます。

200回:
しかし、当サイトを丸暗記なんぞしても何の役にも立たない。
それどころか知識の積み重ねは有害(肥毒)。
頭は覚えるため(過去)ではなく、考えるため(未来)に使う。
必要なとき必要な箇所を調べれば十分(辞書的活用)。

では何故?。ご自身で確かめて下さい。

HP「炭素循環農法」の読書(勉強)会・・・・「事象を分析的に個々に捉え「これは・・・である」というだけでは正解と言えないのが自然(生命現象)の厄介なところ(分析的実証法の限界)です。」(笑)。 全体に公開2014年01月29日06:52
手抜き!手抜き!と「自分基準の手抜き!」を手抜きだと思っている方がいますが、

「人が余計な手を出さないというのが手抜き農法の意味」だという事を

解ってくださいね(笑)。

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Q&A 3

4.手抜き?(自然はフラクタル)

http://tan.tobiiro.jp/qa/qa3.html#Q4

図の白黒パターンは

「7」の地に「5」を並べ
「2」という数字を描いています。

これが図の右のように
数字と共に「藍」の地に「緑」で「赤」の文字を
描いたと見える者がいます。

このように色で捉え表現しても、
異常でも間違いでもありません。

本来の知覚以外の感覚が同時に働く現象を
共感覚と呼びます。

数と色には絶対的な対応関係があり、共感覚者は
数の性質(本質)を色感で捉えているのです。

共感覚:
食べものに味覚と同時に形を感じる。
音や文字から色が見える。
目で見ただけで触感を感じる。          等々
「一つの感覚の刺激によって別の知覚が
不随意的に引き起こされる(リチャード・E・シトーウィック)」知覚現象。

これは形も性質も違う
非自己相似の入れ子の例です。

しかし白黒では分かり難いですね。
図の右のように見えれば便利なのですが誰でもというわけにはいきません。

7に2が、2に5が入れ子になっていて、
7や2とみても5の集団とみても、間違いとは言えませんが
正解とも言えません。

事象を分析的に個々に捉え
「これは・・・である」というだけでは正解と言えないのが
自然(生命現象)の厄介なところ(分析的実証法の限界)です。

でもこのような仕組み(入れ子構造)があることが分かれば、
何処をどのようにすれば良いかが見えてきます。

自然は似たような構造(仕組み)が入れ子になっていて、
それは物の形だけではなく、
物質循環や免疫機能などのような仕組みも同様です。

ですから、一つの階層での仕組みが分かれば、
下や上の別の階層でも同じような仕組みということが分かります。

そして一番内側の入れ子から整えれば
全体が整うということが理解できます。

生命体の最小単位である微生物(細胞)から生かせば、
上位(自然は階層構造)の人が生きられるという、
原理的には非常に単純な仕組みです。

人が余計な手を出さないというのが手抜き農法の意味ですが、
何でも同じような仕組み(自己相似)を
入れ子にする神様の究極の手抜き^-^の応用という意味でもあります。

手抜き・自然農法=フラクタル農法です。

フラクタル: 幾何学の概念。
図形の部分と全体が自己相似になっているもの(数学者ブノワ・マンデルブロが導入)。
自然科学の新たな解明手法。
フラクタル図形は自然界のあらゆるところにみられる(海岸線や樹木の枝分かれなど)。

腐敗現象の入れ子を考えてみます。
人(全体)が炎症(腐敗)を起こさないためには、
食物(部分)を腐敗しにくくすれば良いのです。
食物(全体)を腐敗させないためには、
作物が育つ土(部分)を腐敗から守れば良いのです。

土(全体)を腐敗させないために、腐敗・分解作用を起こさない
微生物(部分)を育てれば良いのです。
その微生物(全体)を育てるために、
高炭素の腐敗しにくい餌(部分)を与えるというわけです。

逆に上の階層をみれば、人(部分)の腐敗が
地域や国家(全体)を、
地域や国家(部分)の腐敗が
地球(全体)を腐敗させます。

人は精神的な生き物ですから
精神的・社会的な面で行動が規制されます。

精神論では作物は育ちませんが、
心の腐敗の結果による行動が
地球の物理的環境破壊を招くことは確かです。

自然が入れ子・階層構造なのですから、
単独では何者も生きることはできず
「共生」が当然であり農業も例外ではありません。

有機的な繋がりを無視しては
持続可能な農業は成り立たず、
真の有機農業以外に
農業者が、そして人々が生きられる道理がない理由が
ここ(フラクタル構造)にあるわけです。

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HP「炭素循環農法」の読書(勉強)会・・・・「地上の単一・一様化は地下の富栄養(バイオマス増大)・多様化の反映であり、逆に熱帯雨林などの地上の多様化は、地下の貧栄養・一様化の現れなのです。](笑)。 全体に公開2014年02月01日03:02
多様性は貧相の証し(笑)。

学んで考える力が豊かになれば、いずれ思考も単一に収束(笑)。

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概要

http://tan.tobiiro.jp/etc/gaiyo.html

あまりにも当たり前過ぎて・・・

何も特別のことはしません。

極当たり前に自然界で行われていることを、
少しだけ無駄を省き効率化します。

すると自然状態では通常は見られない
一見、不可解な現象が起きます。

地上からは、作物と僅かな雑草を残し
他の全ての生き物が消えます
(水田では雑草も全て消える)。

いわゆる単一・一様化(モノカルチャー化)です。

消えた生き物の中に害菌、害虫、害鳥・獣も含まれ防除は無用。
当然、それに拮抗したり依存関係にある益○○も消えます。

自然の法則上起こる一様化と無防除化は一つの現象の別々の側面。

地上の単一・一様化は地下の富栄養(バイオマス増大)・多様化の反映であり、
逆に熱帯雨林などの地上の多様化は、地下の貧栄養・一様化の現れなのです。

農耕地では自然とは正反対に見かけは多様性があってはなりません。
トンボやツバメが飛び、これが自然なんだと単純に喜んでいては
真の自然農法、有機農業を語ることは出来ません。

農耕地は如何に自然状態ではあり得ない
「不自然にして反自然ではない」ことを起こすかです。

書籍やインターネットを幾ら調べてみても、
こゝに書かれている基本的原理は見つかりません。
見つからないからこそ、このホームページを立ち上げたのですから。

人(書籍、先輩)ではなく、自然=仕組み=法即性が指導者。

詳細な仕組みは直接、作物や虫に教わっています。
また、自然農法を知らない者、新しい者(後輩)が実際に答えを教えてくれる先生です。
全てが逆。既存の知識は説明のためです。

詳しく知りたい方は、ここは飛ばして 次へ(基本へ) → お進み下さい。
概略だけ知りたい方は、以下だけお読み下さい。

なお、ここは純然たる「食」のための「農」のサイトです。

自然を過剰に美化や絶対視している、自然崇拝者・人為行為過敏症の場合、

アレルギー症状が・・・^^; 。

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「不自然」と「反自然」の違いは解りますか?(笑)。

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